東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)145号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告ら主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 原本の存在及び成立に争いのない甲第四号証の二によれば、本願明細書には、本願第一発明の技術的課題(目的)、構成及び効果について次のとおり記載されていることが認められる。
本願第一発明は等方性でかつ高密度の黒鉛質の炭素材(以下、「等方性高密度炭素材」という。)の製造方法に関するものである(昭和六〇年五月二日付け手続補正による全文補正明細書第二頁第八行ないし第九行)。
一般に黒鉛質炭素材は、成形品を約八〇〇ないし一二〇〇度Cで焼成し、さらにこれらを約二六〇〇ないし三二〇〇度Cで熱処理することにより黒鉛化したものであるが、その主原料として用いられる代表的炭素質原料であるコークスが六方晶系からなるもので本来異方性であることが常識となつていた。炭素材の製造は、炭素質原料の微粒子に結合剤を加えて得られる混合物を捏混し、次に粉砕、成形、焼成することによつて一般に行われるものである。このような製造技術において従来最も広く行われてきた方法は、炭素質原料として最大粒子径が約三〇ないし五〇ミクロン程度のコークス粉一〇〇重量部に対して結合剤五〇重量部程度までを混入し、これを型押しプレス又は押出成形機を用いて成形した後、焼成するものであるが、成形圧力方向とそれに直交する方向の熱膨脹係数の差が極端に大きくなり、揮発成分の蒸発による膨脹及び炭化結晶化における収縮の方向の差が大きく、クラツクが発生し易く、また揮発成分の蒸発によつて生ずる最終製品における気泡のばらつきも大きくて高密度、高強度のものは得られなかつた。このような事情に鑑み、昭和五〇年特許出願公開第七一九八号公報(第一引用例)に見られる如く、コークス粉の長径と短径との比(アスペクト比)を一ないし一・二とし、その平均粒子径を五ミクロン以下に超微粉砕したコークス粉などを骨材とすることを特徴とする放電加工用等方性高密度黒鉛電極材及びその製造方法が提案されているが、市販の石油コークス又はピツチコークスを単に超微粉砕しても、その粒子の長径と短径の比を一ないし一・二の範囲とすることは極めて困難であつて、目的とする高密度、高強度のものは得ることができなかつた(同第三頁第七行ないし第五頁第二行)。
本願第一発明は、前記炭素材の製造における問題点を克服した高強度の等方性高密度の黒鉛性炭素材を提供することを目的とするものである(同第八頁第一四行ないし第九頁第一〇行)。
本願第一発明は右技術的課題(目的)を達成するため、特許請求の範囲(前記本願発明の要旨)記載のとおりの構成(同第一頁第五行ないし第一一行)を採用したものである。
本願第一発明は、右構成を採用することにより、極めて生産の難しい長径の短径に対する比(アスペクト比)が一ないし一・二というような限定を受けることなく、工業的に容易に生産されるアスペクト比が一・二以上の非黒鉛性炭素質材料からも簡単に高密度等方性の黒鉛質炭素材が得られるという効果を奏するものである(同第九頁第一八行ないし第一〇頁第四行)。
一方、成立に争いのない甲第二号証によれば、第一引用例には、審決に記載されたとおりの「二~四環芳香族炭化水素又はその誘導体を不活性ガスによる加圧下で焼成炭化して得たコークス又はコールタールピツチを不活性ガスによる加圧下で焼成炭化して上下二相に分離したコークスの内、下相のコークスを用い、上記コークスを長径と短径の比が一~一・二で平均粒子径を五ミクロン以下に超微粉砕したコークス粉を骨材とし、これをコールタールピツチの如き結合剤を混捏して常法により成形焼成および黒鉛化することを特徴とする放電加工用等方性高密度黒鉛電極材の製造法」(第一頁左下欄第一〇行ないし第二〇行、特許請求の範囲の欄第(2)項)が記載されており、第一引用例記載の発明は、従来、「通常の放電加工用黒鉛電極剤は、市販の石油コークスおよびピツチコークスなどを骨材として、これにコールタールピツチの如き結合剤を加えて混捏したものを押出し法または型込め法によつて成型した後、焼成炭化し更に黒鉛化して製造されている」(同頁右下欄第一八行ないし第二頁左上欄第三行)が、「出来上つた材料の機械的強度、固有抵抗および膨脹係数などが異方性をもつている欠点がある」(同頁左上欄第六行ないし第八行)ので、この欠点を除くために、原料である骨材コークスとして短径と長径の比が一~一・二で平均粒子径を五ミクロン以下に超微粉砕した等方性で、かつ、均質な超微粉コークスを用いたときに等方性、高密度黒鉛材の得られること(同頁左下欄第一二行ないし右下欄第四行)を見だしたものであることが認められる。
2 原告は、本願第一発明と第一引用例記載の発明との審決認定の相違点の一つである本願第一発明が成形法としてラバープレス法を採用していることについて、審決が、第二引用例記載の発明から容易に想到し得るものであり、その効果も格別顕著であるとは認められないと認定、判断したのは誤りである旨主張する。
成立に争いのない甲第三号証によれば、第二引用例記載の発明は、結合剤含有黒鉛粉末と被覆された燃料粒子及び/又は吸収体粒子との混合物から高い圧縮比で等静圧圧縮成形し、その際成形圧縮過程を2つの成形圧縮段に分割し、第一成形圧縮段では低い圧縮圧で、適合されたキヤビテイを有するゴム型中で該混合物から芯体を前形成し、この芯体上に第二成形圧縮段で結合剤含有黒鉛粉末から燃料及び吸収体を含まない外殻を圧着することにより、高温原子炉用燃料体、燃料要素又は吸収体要素を製造する方法に関するものであり、右加圧成形について、成形体の黒鉛マトリツクスの性質の異方性の欠点は、従来の鋼製プレス工具中での金型成形法の代わりに、ゴム型で圧縮を行う準等静圧圧縮成形法を使用すれば回避することができることが開示されていることが認められる。
しかるところ、右準等静圧圧縮成形法は、ゴム型の中心部に設けられたキヤビテイー(中空部)に被加圧成形物を充填し、次いで、このゴム型を上部ラム及び下部ラムを有する円筒上金型内で圧縮し、ゴム型を圧縮媒体として被加圧成形物を圧縮する方法であること、及び本願第一発明におけるラバープレス法は、変形抵抗の少ないゴム又はプラスチツク製の容器中に被加圧成形物を充填し、この容器周囲全体に液密として液圧をかけ、被加圧成形物の全ての部分に均一に圧力が与えられるものであることは当事者間に争いがなく、右事実よりすれば、準等静圧圧縮成形法とラバープレス法は、その装置及び加圧成形の方法を異にする別異なものであると認められる。そして、前掲甲第四号証の二によれば、本願明細書には、本願発明でいう等方性とは、「材料の各方向での静特性(例えば、熱膨脹係数、固有抵抗、機械的強度など)を測定し、この内の最大値と最小値の比を異方比として表わし、その異方比が一・〇ないし一・一のものを等方性であると定義する。」(第一〇頁第九行ないし第一三行)と記載されていることが認められ、また、前掲甲第二号証によれば、第一引用例には、「材料の特性、たとえば曲ゲ強サ、固有抵抗、熱膨脹係数の異方比は一・〇ないし一・一となりこの黒鉛材から放電加工用電極を加工する場合、材料のどの方向に取つてもその特性は等方性となり」(第二頁右下欄第一二行ないし第一六行)と記載されていることが認められ、右認定事実からすると、等方性とは、材料の各方向での静特性の異方比が一・〇ないし一.一までのものであることが認められるところ、成立に争いのない甲第五号証の一(実験成績証明書)によれば、平均粒度が2μm及び7μmの非黒鉛性炭素質原料を、一方は本願第一発明におけるラバープレス法で加圧成形し、他方は第二引用例記載の準等静圧圧縮成形法で加圧成形し、それらをいずれも焼成し、さらに黒鉛化処理をして得た炭素材料の場合、その電気抵抗値及び熱膨脹率の最大値と最小値の差及び比の数値は別紙第1表、第2表記載のとおりであるとの実験結果が得られたことが認められ、右認定事実からすると、第二引用例記載の準等静圧圧縮成形法によれば、電気抵抗値及び熱膨脹率の最大値と最小値の比がいずれも一・一以上であるのに対し、本願第一発明におけるラバープレス法によるそれは、いずれも一・一以下であつて、右準等静圧圧縮成形法に比べて極めて高い等方性の高い炭素材料を得ることができるのであり、したがつて、その採用に伴つて得られる等方性に関する効果においても著しい差異があると認められる。
被告は、本願第一発明のラバープレス法と第二引用例記載の準等静圧圧縮成形法は、いずれもゴム型に被加圧成形物を充填し、次いで、ゴム型を外部から加圧圧縮するものであり、この加圧圧縮に際して、被加圧成形物に全方向から均等な圧力が付与されるように意図された圧縮成形法であり、この意味で、ラバープレス法は準等静圧圧縮成形法に相当するものである旨主張する。
なるほど、右ラバープレス法及び準等静圧圧縮成形法は、いずれもゴム型に被加圧成形物を充填し、次いで、ゴム型を外部から加圧圧縮するものではあるが、ラバープレス法は前記認定のとおり、被加圧成形物を充填した容器に液密として液圧をかけ、被加圧成形物の全ての部分に均一に圧力が与えられるのに対し、被加圧成形物を充填したゴム型を、上部ラム及び下部ラムを有する円筒状金型内で圧縮する準等静圧圧縮成形法にあつては、ゴム型に伝達される圧力は上部ラム及び下部ラムによつて主として上下方向より加えられるのみであるため、これに垂直な方向からの圧力は弱く、したがつて、被加圧成形物に対し全方向に均等な圧力を加えることは困難であると理解される。このことは、成立に争いのない乙第二号証によれば、昭和四二年特許出願公告第一六七二八号公報の発明の詳細な説明の項にも「材料と直接接しているゴム材料に加圧し(中略)、可塑材料を剛体にする方法は(中略)不満足である。何となれば圧縮すべき材料の表面に均一の圧力を加えるごとくすべての方向に一様に流動させて特定の希望形状および一様の密度を有する製品を作るようにゴム材料に圧力を加えることが困難だからである。」(同公報第一頁右欄第一〇行ないし第一八行)と記載されていることが認められることからも明らかである。
したがつて、前記両方法は、いずれも被加圧成形物に全方向から均等な圧力が付与されるように意図された圧縮成形法であるとする被告の主張は採用できない。
また、被告は、被加圧成形物への加圧圧縮手段について、ラバープレス法と準等静圧圧縮成形法とでは一応の相違はあるが、被加圧成形物の異方性を回避するための圧縮成形法として、準等静圧圧縮成形法と並んでラバープレス法があることは周知のことであり、当業者がそれぞれの利点欠点を考慮しながら、いずれかを適宜選択し得る技術であるから、第二引用例記載の準等静圧圧縮成形法に代えてラバープレス法を採用することは、当業者が適宜行い得ることであり、その結果得られる等方性に関する効果も予測の範囲を越えないものである旨主張する。
成立に争いのない乙第一号証(毛利定雄、河嶋千尋共著「耐火物及び特殊耐熱材料」誠文堂新光社昭和三九年一〇月一五日発行)によれば、液体によつて被加圧成形物の外囲から均等な静圧を加えて、密度のまつたく均質な成形物をうる成形法であるラバープレス法は本件出願当時周知であつたこと(第三四九頁第一六行ないし第二一行)は認められるが、右方法が可塑材料を圧縮する方法として準等静圧圧縮成形法と並んで用いられていることを認めるに足りる証拠はない。前掲乙第二号証によれば、被告が援用する右公報第一頁右欄第一〇行ないし第二一行の記載摘示部分は、準等静圧圧縮成形法とラバープレス法がいずれも公知であることを開示するに止まるものであり、また成立に争いのない乙第三号証(昭和四五年特許出願公告第二四二〇五号公報)、成立に争いのない乙第四号証(昭和四八年特許出願公告第七一六四号公報)によれば右各公報の記載内容はラバープレス法の改良に関するものであつて、これらの証拠から準等静圧圧縮成形法とラバープレス法とが並んで用いられているとする根拠は見いだし得ない。そして、前掲甲第三号証によれば、第二引用例には、「鋼製プレス工具中での加圧成形法により、圧縮軸に対し成形体の黒鉛マトリツクスの主要配向が得られる。この得られたマトリツクスの性質の異方性は、(中略)鋼製プレス工具中での金型成形法の代わりに、ゴム製で圧縮を行う準等静圧圧縮成形法(Quasiisostatishe Pressverfahren)を使用すれば回避することができる。」(第一頁第二欄第三一行ないし第二頁第三欄第四行)「加圧成形された黒鉛マトリツクスの良好な等方性を得るためには、ゴム型の内径及び外径を相互に調和させて、成形混合物が軸方向及び半径方向に等しい強さで圧縮されかつ一様な殻を有する出来る限り精密な円筒状成形体が生成する様にする。」(第三頁第五欄第一八行ないし第二三行)との記載が認められ、右認定の記載事項からすると、第二引用例記載の発明には、黒鉛マトリツクスの性質の異方性をなくすために出来るだけ等方性な圧縮を行うべきであるということが開示されていることは認められるが、第二引用例記載の発明は、前記認定のとおり、結合剤含有黒鉛粉末と被覆された燃料粒子及び/又は吸収体粒子との混合物よりゴム型で圧縮を行う準等静圧圧縮成形法による高温原子炉燃料要素及び吸収体要素の製法に関するものであり、その出発原料は黒鉛成形粉末なのである。すなわち、第二引用例記載の発明には、黒鉛成形粉末より等方性の黒鉛マトリツクスを得るために準等静圧圧縮成形を使用することは開示されているが、本願第一発明のように、非黒鉛性炭素質原料より等方性を有する黒鉛化炭素材を得んとする場合において等静圧圧縮成形法を適用することについて示唆するものではない。
そうすると、ラバープレス法及び準等静圧圧縮成形法はいずれも圧縮成形法として周知であるとしても、黒鉛マトリツクスの異方性は準等静圧圧縮成形法を採用すれば回避することができるという第二引用例の記載から、非黒鉛性炭素質原料より等方性黒鉛化炭素材を得るために右準等静圧圧縮成形法に代えてラバープレス法を適用することが容易であるとはいい得ず、この点における被告の主張は採用できない。
さらに被告は、「ラバープレス法が準等静圧圧縮成形法と互換性がないとしても、ラバープレス法は等方な成形品を得るための粉体の成形手段として本件出願前周知の技術手段であるから、ラバープレス法を採用することは当業者にとつて容易である」旨主張する。
しかしながら、審決は、本願第一発明と第一引用例記載の発明との相違点の一つとして、本願第一発明が成形法としてラバープレス法を採用することを揚げ、この点は、第二引用例に成形体の黒鉛マトリツクスの性質の異方性の欠点は、ゴム型で圧縮を行なう準等静圧圧縮成形法を使用すれば回避することができると記載されていることからすれば、等方性を得るための技術的解決手段としてラバープレス法を採用することは容易であり、結局、本願第一発明は、第一引用例及び第二引用例記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたものと認められると認定、判断したことは当事者間に争いがないところであり、右認定事実からすれば、被告の前記主張は、本件訴訟において、審決で摘示した第二引用例に代えて新たな周知技術を主張することになるものであつて許されず、主張自体失当といわざるを得ない。
したがつて、本願第一発明におけるラバープレス法と第二引用例に記載の準等静圧圧縮成形法は、装置及び加圧成形の方法を異にし、その採用に伴つて得られる等方性に関する効果も格別の差異を生ずるものであつて、粉体の均等圧圧縮成形法として同一、あるいは均等の技術手段であるとは認められず、右準等静圧圧縮成形法を本願第一発明におけるラバープレス法に相当するものであるとした審決の認定、判断は誤りである。
3 以上のとおりであるから、審決は、相違点の認定、判断に当り、本願第一発明におけるラバープレス法は第二引用例に記載の準等静圧圧縮成形法に相当すると誤つて認定し、その結果、本願第一発明は、第一引用例及び第二引用例記載の発明に基づいて容易に発明することができたと誤つて判断したものであつて、違法として取消しを免れない。
三 よつて、審決の取消しを求める原告らの本訴請求は正当としてこれを認容する。
〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。
1 最大粒子径が約一〇ミクロン以下である微粒子状の非黒鉛性炭素質原料一〇〇重量部に対して、結合剤五〇ないし一三〇重量部を添加した混合物を捏混し、ラバープレスで成形し、焼成によつて高い等方性を有する黒鉛化炭素材とすることを特徴とする等方性高密度炭素材の製造方法(以下「本願第一発明」という。)。
2 最大粒子径が約一〇ミクロン以下である微粒子状の非黒鉛性炭素質原料一〇〇重量部に対して、結合剤五〇ないし一三〇重量部を添加した混合物を捏混し、該捏混物をガス抜き処理に付した後、ラバープレスで成形し、焼成によつて高い等方性を有する黒鉛化炭素材とすることを特徴とする等方性高密度炭素材の製造方法(以下「本願第二発明」という。)。